健康保険のみで広い明視域を可能にする白内障手術法の開発と著書の執筆―多焦点眼内レンズをめぐる諸問題と対峙してー
院長エッセイ
(宇医会報より)
これまで当地区医師会の先生方からの患者様のご紹介や専門的なご教示、ご助言など多大なご支援
を賜りながら、当院も開業以来27年間で1万例を超える白内障手術をお蔭様で無事に実施して参
りました。手術方法においても、これまで当院なりの創意工夫による麻酔法、手術方法、手術器具
や感染防止システム等を考案し、特許庁での発明特許や実用新案等も取得し、患者様の通院サポー
トのために搬送業務の安全管理にも努めてきました。
米国で開発された2ミリ極小切開法(MICS)を翌年より導入し、患者さんが最も心配する術中の痛
みを防ぐため、点眼薬麻酔に加え、結膜テノン囊内麻酔と低濃度の前房内麻酔も併用した「無痛麻酔
法」Ⓡも開発しました。切開法でも、一般に患者受けの良い「角膜切開」での創口の脆弱性による易感
染性と、他方、「強膜切開」での易出血性の両者の欠点を克服する方法として、角結膜輪部を「3面切
開」で極小切開して3重の防壁創を創り、手術後は切開線が密着して幻の様に消えて見えなくなる「ス
テルス切開法」Ⓡを考案しました。さらに、再現性のある確実な創口作製のための特殊鋼製メスでも実
用新案を取得しました。
また、当地域では高度に進行した核硬化の強い白内障を有する後期高齢者の症例も多いため、硬化
した核を効果的に乳化吸引して処理する最も進化した超音波白内障手術装置を導入し、同時に緑内
障や強度近視などの合併症例においても術中の眼内圧を管理して視神経の保護と疼痛防止に有用
な低眼圧・低灌流システムを導入して役立っています。
また、手術直後から「ショート&ストロング法」という局所に集中して抗生剤を有効に使用する感
染防止システムも構築し、術後感染予防に寄与しています。
現在、対峙しているのが多焦点眼内レンズをめぐる諸問題です。
ご存知の通り、多焦点レンズの表面には、レコード状の細かい溝が多数あるため、レンズ内に入っ
てきた光が散乱することでボヤケやかすみなど不快な副症状を生じるという大きな欠点があるだ
けでなく、遠方から中間、さらに近方まで同時に多重な視覚情報の処理を常時続ける必要があり、
高齢者にとって眼と脳への著しい負担となります。しかも、多焦点レンズによる「広い明視域」の
メリットと単焦点レンズの最大のメリットである「良好なコントラスト視力(鮮明な見え方)」と
は対極に位置し、「トレードオフ」(得るものがあれば代償としてその分だけ失うものがある)の関
係にあります。
このため、多焦点レンズにより明視域が広がれば見やすい距離は広がりますが、患者満足度で最も
重要なコントラスト視力はその分だけ反比例して落ちていき、副症状も増えていきます。
さらに、夜間の運転のリスクともなるグレア、ハロー、スターバーストなどの不快光視現象や日中
でも遠方視力の低下等、様々な副症状もあり、加齢による緑内障や加齢黄斑変性などの眼底疾患や
ドライアイなどの余病の併発により、全距離での著明な視覚低下が生じます。また、特に他の眼病
の合併が無い場合でも、「実際に多焦点眼内レンズの手術をしてみなければ不満例の予測はつかな
い。」という現状も明らかになっています。しかも、不具合の際には通常の保険適応レンズに入れ
替え手術をする場合にも完全な自費となるなど、様々なデメリットがあることも一般にはあまり知
られていません。
さらに、厚労省が承認した多焦点レンズにおいては、「選定療養」という形で保険診療と併せて「保
険外併用療養費」として、通常の保険診療でのレンズ代との差額や説明手数料などを「実費」とし
て利益なしで患者さんに請求する費用の届出価格が、各眼科施設によって同じ製品でも実に2倍以
上も大きく異なる金額差となっていることも問題視されています。
この様な経緯と当地の患者さんが国民年金の受給に依存している方が非常に多い事情にも配慮し、
高額な多焦点眼内レンズを勧めることはせず、健康保険のみで遠方から中間、さらに、近方寄りま
で広い明視域を裸眼でも確保できる「コンフォート・モノビジョン法」Ⓡという新治療法を独自に
開発して特許庁の認可登録も経て実施し、多くの患者さんに喜んで頂いている次第です。
この様な多焦点眼内レンズをめぐる多くの問題点やその解決法として考案した新治療等について、
白内障の治療や手術に対する不安や多焦点眼内レンズの高額な費用等で悩んでいる患者さんにも
解り易く安心した治療を受けて頂くための一助となることを願い、『白内障 最賢治療法』の著書
を上梓するに至りました。
執筆に際しては、関連する約20冊の書籍や資料を繰り返し精読し、起床後の朝の時間にもCD化
した講演を繰り返し聴いて、単に知識としてだけではなく、潜在意識にまで透徹させる様に努め、
原稿の校正時にも、法科大学院教授も歴任した顧問弁護士とも幾度も面談を重ねてより明解で根拠
ある内容とし、「推敲」の中国の故事の通り、ランニング中にも校正を考えながら完成に至りました。
今後も患者さんのための明るい希望の光となることを願い、日々の診療や手術と共に、著書の執筆
にも精進して参りたいと存じる次第です。