“ーミリ” ずつの進化を目指して
院長エッセイ
H25年5月15日 宇医会報より
今年も桜花の美しい季節が到来し、小院に隣接する運動公園の桜並木が美しく咲き誇っている。遠くから眺める桜並木の景色も背景の九州山地の山並みの翠に映えて素晴らしく、また、朝夕のジョギングでの周回路に沿って咲き誇る桜花を聞近に眺めながら、蕾から日々少しずつ開花し、そして、満開の後、桜吹雪の中で葉桜へと変わっていく風景もその美しさへの感動と共に儚さも少し感じさせる。長い冬の風雪や夏の暑さに耐えながら、春のわずかな数週間の中で、毎年精一杯咲き誇る桜を見て、自分の人生もこうありたいと願うこの頃である。このような美しいものに感動することや目標に向かって希望やワクワク感を持ちながら精進することは、アンチエイジング医学の見地からも非常に有用であることは周知の通りである。
しかし、美しい風景や素晴らしい作品や音楽に接して感動し感銘を受けることも大切であるが、日々の診療、手術や雑務などに埋没されながら、また、受動的な感動にもやや物足り無さを感じる様になり、甲子園での高校野球観戦や展覧会やコンサート等からもすっかり足が遠のいている今日この頃である。このような状況の中でも毎日の診療や手術の技能がわずかーミリずつでも進化を続けられるように努力や創意工夫を図ることも能動的なアンチエイジングとして有用ではないかと考え、実践している。
因みに、副交感神経の働きを高め、自律神経のバランスを整える研究の権威である順天堂大学医学部教授の小林弘幸氏の報告でも、目標や高い志を持って、能動的な努力を続ける行動は健康や長寿、そしてアンチエイジングに有用であることが判明している。一例として、「富獄三十六景」 などで知られる浮世絵師-葛飾北斎もそのひとりである。北斎は、江戸時代後期に生きた人物で、卒寿 (満88歳) で生涯を終えたが、記録によると北斎は、70歳になっても80歳になっても大志を持って、「絵がもっと上手くなりたい」~「まだまだ上手になりたい」とひたすら思い続けていたそうである。そして、その死の間際にも、「天がもしあと5年、自分の命を長らえてくれたなら、必ずや本物の画工になれただろうに」と伝えられている。高い志に向かう並々ならぬ情熱が北斎の卓越した生命力の根源になったものだと考えられる。
また、日本で最初に正確な日本地図を作製したことで知られる伊能忠敬も当時としては非常に高齢の満74歳という長寿を全うしている。彼が日本地図作製のために果てしない測量の旅に出たのは、隠居して息子に家督を譲った50歳を過ぎてからで、この測量のために全国の果てしない旅に出たその過酷さは、おそらく現代の私たちの想像を遥かに超えたものであったろうと思われる。しかし、自らの高い志のためにひたすら歩き測量を続けたことが彼の生きる力を最大限に発揮したのでは無いかと推察される。
このような偉大な先達を見習い、私自身も少しでも外来診療や手術が上手くなることを願い、日々微力ながら努力を試みている次第である。外来診療においても他業種における “営業の神様” と讃えられる人の著書やDVDを起床時と就寝前に視聴して、外来診療のヒントにしている。これにより、これまで重視していた病状説明や治療の必要性と方法などの詳細説明のみならず、対面時の最初のアプローチと良好な人間関係を瞬時に構築するその秘訣と重要性を学ぶことができ、自分自身も日々笑顔で気持ち良く診療を続けることが出来るようになった。
また、手術でも新しい手技をより安全に患者様に施すため、学会講演や手術書とDVDも繰り返し視て修行に努め、実践面でも両手が上手に共同して使えるように左手でも食事をするよう心掛けている。
そして、毎日の診療や手術の中で今回一日で最も反省すべき点や創意工夫が功奏して良かった点と明日の目標を音声入力しておいたものを文章化させた “診療向上ノート”として日々記録を続け、少しずつでも進化を続けたいと考えている。
また、母校での研究面でも、先行研究の2番煎じではなく、今まで世界的にも報告されていない新研究を手掛け、若干の苦労の末に国際的な新知見を得て、その学術論文がアクセプトされた時の喜びも一入である。
今後の医療情勢も厳しさを増し、さらに、TTPヘの参加交渉など、我が国の誇る健康保険が崩壊しかねない危機を孕む状況の中では、規模の拡大などではなく、人的サービスとソフトの充実が賢明であると考えられる。そして、これからもずっと患者さんと共に喜び、共に歩み続けるために微力ながら自分なりに創意工夫の努力を続けていきたいと思っている。